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仙台高等裁判所秋田支部 昭和55年(ネ)117号 判決

控訴人(第一審被告) 高橋正人

同 高橋登

右両名訴訟代理人弁護士 伊藤彦造

被控訴人(第一審原告) 被相続人亡三浦義見相続財産法人

右相続財産管理人 廣嶋清則

主文

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(控訴人ら)

主文と同旨

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表七行目に「同2項」とあるを、「同3項」と訂正する。)。

(控訴人ら)

一  死者自身に固有の慰藉料請求権を認めること、そしてその相続を認めることは誤りであり、とりわけ本件のように死者の相続人が不存在の場合にまでこれを認めることはきわめて不合理である。

すなわち、民法七一一条は死者と一定の身分関係にあるものが直接に慰藉料請求権を取得するとしているが、死者自身にも慰藉料請求権を認め、右二個の請求権の併存を認めるとするならば、その配分の比率はどうなるか、時間的間隔を置いて各別に請求されたらどうなるか、別個に二つの裁判所に訴訟が提起されたらどうなるか、一定の身分関係のある者からの請求がないときは損害額の定型化・定額化の要請からみて死者の慰藉料を満額認定していいのか、慰藉料満額を認めても特別縁故者が存しないときはこれを国庫に帰属させる利益があるか等々疑問はつきない。そして、要は、死者の相続人や一定の身分関係にある者を救済すれば足りるのであるから、これらの者が自己の慰藉料を訴求する場合には死者自身の慰藉料を認めることなくこれらの者に慰藉料満額を認めればよいし、もし死者自身の慰藉料を別けて訴求する場合でもこれを含めて慰藉料満額を認めればよいことになるから、特に死者自身の慰藉料を認める実益はない。本件の場合についても、三浦嘉記治は民法七一一条により直接控訴人らに請求すべきであって、「亡三浦義見相続財産」から自己の慰藉料分を特別縁故者として与えられるというのは不当である。

仮に亡義見自身の固有の慰藉料を認めねばならないなんらかの理由があるとしても、民法七一一条による慰藉料分を除いた部分についてのみ認容すべきである。

二  逸失利益についても、死に由来する損害発生時点において権利主体となるべき死者本人が存在しないのであるから、その損害賠償請求権を認めるのは矛盾であり、嘉記治が亡義見の死亡によって扶養請求権を侵害されているのであれば、自ら控訴人に対しその損害賠償を請求するべきであって、それは亡義見の遺産ではないはずである。

三  抗弁を次のとおり訂正する。

仮に慰藉料、逸失利益についての控訴人らの主張が認められないとしても、控訴人らは、嘉記治の承諾のもとに、東京都内で金一〇一万四五四〇円を支出し葬儀を執り行い、亡義見相続財産管理人に対し、本件損害賠償金の内容として金二〇〇万円を支払った。ところで、被控訴人は嘉記治が秋田県内で行った葬儀費金九四万一六六〇円を別途請求している。したがって、右弁済金二〇〇万円のみならず、東京での葬儀費支出金一〇一万四五四〇円も本件事故による全損害に向けて充当控除すべきである。

(被控訴人)

控訴人らが葬儀費金一〇一万四五四〇円を支出したことは認める。

理由

一  請求原因1・2の事実(事故の発生、責任原因)は当事者間に争いがない。

二  亡義見の損害

1  治療費

亡義見が受傷後死亡するまでの間に金三三万五五〇〇円の治療費を要したことは、当事者間に争いがない。

2  逸失利益

《証拠省略》によれば、亡義見は本件事故で受傷したことにより、直ちにその労働能力のすべてを失ったものと認められ、右認定に反する証拠はない。そして、《証拠省略》によれば、事故前の亡義見の稼働状況は、昭和五〇年九月一八日埼玉県狭山市内の製瓦工場に製瓦工として就職し、事故直前の同年一一月二八日に退職したが、九月は九日出勤(一日欠勤)で金三万七七〇五円、一〇月は一七日出勤(九日欠勤)で金六万五六六〇円、一一月は二五日出勤(一日欠勤)で金一〇万二八一〇円の給与所得を得たことが認められる。しかし、それ以前の就業状況については、《証拠省略》によれば、秋田県内の中学校卒業後、養育してくれた叔父三浦嘉記治の農作業を手伝ったり、北海道や東京近辺などに出稼ぎし、事故の数年前からは東京近辺に居住して就業していたことが認められ、《証拠省略》中、右認定に反する部分は、《証拠省略》に照らし措信できず、他に右認定に反する証拠はないが、右東京近辺での就業内容及びこれによる収入額を証するに足りる証拠はない。また、《証拠省略》によれば、本件事故当時(昭和五〇年)の賃金センサスでは、企業規模計・産業計の小学・新中卒男子労働者中、三〇才ないし三四才の現金給与月額は金一四万五七〇〇円であったことが認められる。そして、亡義見の得べかりし利益の喪失額は、前記認定の就業状況に照らすと、前記認定の事故直前の給与額をそのまま基礎として算定するのは相当でないし、反面右賃金センサスの金額によるのは高額にすぎるものといわざるをえず、月収額金一〇万円と推認し、これを基礎として算定するのが妥当というべきである。

そして、《証拠省略》によれば、控訴人は事故当時三二才であったことが認められ、控訴人は本件事故にあわなければ六七才まで稼働でき、その間の生活費は右収入額の五〇パーセントであったと判断されるから、新ホフマン方式により中間利息を控除して控訴人の逸失利益の事故当時の現価を求めると、次の算式のとおり、金一一九五万〇四四〇円となる。

100,000×12×(1-0.5)×19.9174=11,950,440

なお、控訴人らは死者たる亡義見は逸失利益についての損害賠償請求権を取得しないと主張するが、《証拠省略》によれば、亡義見は本件事故により致命傷を負い、その一七時間後に死亡したことが認められるから、亡義見は右受傷により直ちに前記認定の逸失利益の損害賠償請求権を取得したというべきであって、その後に亡義見が死亡したことは右判断に何ら影響を与える余地はないから、控訴人の右主張は少なくとも本件については適用のかぎりでない。

3  慰藉料

被控訴人は、亡義見が本件事故により受傷し、その一七時間後に死亡したことで精神的損害をこうむり、その慰藉料請求権を取得した旨の主張をする。しかし、死者がその死者自体により精神的損害をこうむり、その慰藉料請求権を取得するというのは背理であって採用できないといわざるをえない。そして、民法七一一条も、このような前提のもとに、死者と一定の身分関係にある者に固有の慰藉料請求権を与えることを規定しているのであり、同条の適用、ないし類推適用により、死者の近親者の精神的損害について適切な救済は充分に達しうるとみることができる。これに対し、前記のような背理をあえてして死者自身が慰藉料請求権を取得することを認め、かつその相続性を認めるときは、相続人不存在の場合には、それが、相続財産法人、ひいては国庫へ帰属することになり、被害者の救済を本旨とする慰藉料制度の目的からみて不当な結果になることは否めないし、併存する死者の慰藉料請求権と近親者固有の慰藉料請求権との関係について控訴人が指摘するような解決困難な問題を生ずることにもなり、さらに、現実的妥当性の見地からも、慰藉料額の定型化、定額化が進展している現状においては、両請求権の併存を認めることが手厚い被害者救済につながるものとも言い難い。

そして、《証拠省略》によれば、亡義見には相続人があることが不明のため、叔父三浦嘉記治の申立により昭和五二年一一月一一日相続財産管理人が選任され、昭和五五年七月三日には、右嘉記治を特別縁故者として、同人に亡義見の相続財産の中から金一〇〇〇万円を分与する審判がなされたことが認められるのであって、前述のように、このような本件の場合に亡義見による慰藉料請求権の取得とその相続を認めることの不合理、現実的不当性は大きいものといわなければならない(本件について、嘉記治が亡義見の死亡により精神的損害をこうむったとすれば、同人は民法七一一条を類推適用すべき事情が亡義見との間に存在したことを主張立証して、固有の慰藉料を請求すべきである。)。

なお、被控訴人の主張には、亡義見の死亡による慰藉料請求のほかに、前記の受傷による精神的損害に対する慰藉料請求の趣旨を含むとも解しうるが、たしかに、受傷後直ちに肉体的苦痛は生じるものであり、これによる精神的損害は発生するとは、観念的にはいいうるとしても、本件のように致命傷をうけ受傷から死亡までがわずか一七時間という場合については、あえて死亡による精神的損害と別個に受傷による精神的損害があったと認めることは、社会通念上、相当でないというべきである。

したがって、亡義見が本件事故に関して慰藉料請求権を取得したとの被控訴人の主張は採用できない。

三  被控訴人への請求権の帰属

前記認定のとおり、亡義見の相続人の存在は明らかでないから、相続財産管理人が管理する法人たる被控訴人に、右損害賠償請求権合計金一二二八万五九四〇円が帰属するというべきである。

四  損害の填補

右損害のうち、治療費金三三万五五〇〇円を控訴人らが支払い、相続財産管理人が自賠責保険から金一一九八万五四六〇円の給付をうけたことは当事者間に争いがない。したがって、被控訴人に帰属した右損害賠償請求権は、右損害の填補により、すべて消滅したというべきである。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がなく、その一部を認容した原判決はそのかぎりにおいて不当であるから、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子 小林克已 裁判長裁判官福田健次は転補のため署名押印できない。裁判官 武田多喜子)

〈以下省略〉

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